「いいとき生まれた!昭和30年代」

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         第124号 布団の打ち直し



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      いいとき生まれた!昭和30年代  第124号     


                     2016. 3. 27  


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  皆さん、いかがお過ごしですか。
  また半年ぶりになってしまいましたね。
  すみません。
  自分では3ケ月くらいで仕上げてるつもりなんですが、
  なぜか世間では半年過ぎてるんですよ。
  おかしいなあ。
  時代の速さについていけないなあと感じるこの頃ですが、
  時の速さについていけてないんだから当然か。


  ところで前号で取り上げたレコードですが、
  最近テレビで人気復活の話題が
  よくとりあげられていますね。
  若者にもアナログの音とあの手間が新鮮味をもって
  受け入れられてるようで。


  とはいえ
  やはりレコードのかけ方を知らない若者の方が
  圧倒的です。
  ニュース番組でやってましたけど
  10人中1人もわからなかったそうです。
  ご覧になった方もいらっしゃるでしょうが、
  針をレコード盤の中央に置くくらいはご愛嬌ですけど、
  レコード盤の上に放り投げるような勢いで落とされた時には、
  思わず「ぎゃっ!」っと叫んでしまったおばさんです。


  さて、本題にまりいりましょう。


  皆さんのお宅では、
  布団の打ち直ししてますか?
  今の打ち直しは
  布団屋さんに布団を渡して、
  すべておまかせというのが普通でしょうね。
  いや、打ち直しするくらいなら買ったほうが早いよってのが
  今の普通かもしれません。


  もちろん、昭和30年代の頃は
  打ち直しは今よりずっと生活に溶け込んでましたけど、
  今とはちょっと様相も異なってました。


  どちらかというと、
  当時は、中身だけ、
  つまり綿の打ち直しだけを頼むということが
  珍しくありませんでしたよね。


  傷んだ綿だけを除き、
  残りのまだ使える綿に新しい綿を混ぜながら打ち直された綿が、
  紙にくるまれて、
  布団屋さんから戻ってきた光景を
  覚えています。


  布団屋のおじさんが玄関先に
  紙にくるまれた荷物を
  どかっと置く。

 
  わっ、大きい荷物!(驚愕)
  中身はいったい?(期待)
  なんだ綿か…(失望)
  という心情の経緯と共に。


  そのふかふかに生まれ変わってきた綿を、
  もとの布団に戻すのは
  家での作業。
  つまり主婦の仕事。
  これ、ちっとも珍しいことではありませんでしたね。


  高度経済成長期以前までは
  服を家で作ることのほうが多かったように、
  布団もそういうものの一つであったそうですので、
  その名残がまだ残っていたということでしょう。


  ただ、綿の打ち直しだけを頼んだのには、
  こればかりは素人にはハードルが高い作業であるという事情の他にも
  もう一つ理由があったようです。
  それは、
  粗悪な綿を混ぜて打ち直される懸念。
  実際、昔はそういう輩もいたそうで、
  仕上がってきた綿を、
  この目で確認できた方が安心だったということらしいです。


  そう知ると、
  布団を家で仕立てることがなくなった今こそ
  大丈夫なんか?
  という気がしてきます。


  綿が届いた時の記憶と比べると、
  作業の具体的な手順の記憶はやや薄らいでますが、
  裏返した布団カバーの上に綿を敷き詰め、
  くるくるとひっくり返して
  布団の口を閉じたり、綿が動かないように止めたりのお裁縫だったと。


  と書くと簡単ですが、
  実際は大作業。


  まず姉さんかぶりは必須、口元も覆います。
  綿を敷き詰めていくのも、職人技がものをいう程の作業です。
  それだけ集中力が必要ですから、真剣そのもの。
  この時には、母に近寄りがたい気迫が漂います。
  いや、近寄って叱り飛ばされた時の気迫だったのかな?


  これをひっくり返して入れる作業も、
  布団と格闘の大技です。
  そして仕上げの針仕事へとなりますが、
  ということは、当時は家庭に布団針があるのも珍しくなかったということに
  なりますね。


  この間母に、
  「よくあんなことできたよね」
  と言ったら、
  母親、つまり私の祖母がやってるのを見たり手伝ったりして、
  目で技を覚えたのだとやはり職人修行のようなことを
  申しておりました。
  あと私たちの母親世代が嫁入り前にこぞって通った洋裁学校、
  こちらでも
  ふとんの作り方を指南してたそうです。


  でも、私は技は見て盗めどころか、
  こうして手順も大雑把にしか覚えていない具合で、
  母から娘へと受け継がれてきたものが、
  私の世代でブチ切れたということになります。
  ちょっと罪悪感。


  とはいえ、私がこの布団の大仕事で一番覚えていることを思うと、
  やっぱり挑戦する勇気は出ませんわ。


  それは、無事に大仕事を終え、
  ふかふかのお布団が完成した後の部屋が、
  部屋中綿埃かぶって、
  後の掃除がこれまた大仕事ってことです。
  

  それでも昭和30年代は掃除機が普及しだしてるから
  まだましだったのかもしれません。
  ない家やない時代、
  この状態になった部屋をお掃除するってことになったら、
  あーた、考えるだけで先に疲れてしまいますわよ。
  

  もちろん、綿埃かぶりまくるのは、
  人間も同じ。
  武装して作業する母はもちろんのこと、
  離れて見てるだけの子供にも。
  実は、私の手順の記憶がややあやふやなのは、
  埃かぶるからあっちへ行ってなさい
  と追い出されるようになったってこともあるのです。


  時に、今日は追い出されそうもないと内心喜んでると、
  一番のハイライト布団返しの大技の直前で
  追い出されたり。
  そりゃないぜ〜という感じでしたけど
  母にしてみれば、
  部屋と自分の埃の後始末だって大変なのに
  子供3人までが綿埃まみれになって
  さらにそいつらに家中を駆けずり回られては
  たまったもんじゃないというところでしょう。
  私はそんなことはしなかったと言いきる自信がないところからも、
  この憶測はあたっていそうです。

 
  布団の打ち直しは、
  物を大切に使い切る日本文化らしい習慣ですが、
  日本の誇りを守る前に
  私は埃との戦いに負けました。
  

  しかし、
  家族のためには、綿埃との戦いなんてなんのその、
  この手間を惜しまなかった昔の主婦って、
  つくづく偉大ですねえ。
  しかも、主婦の仕事って
  やって当たり前で評価もされない風潮が
  今よりずっと強かった時代ですものね。


  今でも綿の打ち直しだけ頼んで
  自分で布団に仕上げるなんて人いるのでしょうか。
  そういうことを普通にしてきた世代は高齢世代ですから、
  あの大仕事をやるという人は減ってそうだし、
  若い世代の中でいるとしたら、もう希少価値ですね。
  心情的には、そういう方々は人間国宝に指定してあげたいです。


  あと子供世代に聞いてみたいです。
  「『布団の打ち直し』を知ってる人はどのくらいいるのかな?」





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    あれこれ後記
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  ◇前号で、
   長く出してると
   出した内容と、まだメモで書いただけの内容がごちゃごちゃになって、
   同じこと書いて出してしまうのが心配だって書いたら、
   別にだぶってもいいじゃないかー、という
   温かい励ましメールをまたまた皆さんからいただきました。
   もう、本当になんて皆様お優しい、できた方ばかりなんでしょう。
   
 
   ありがたすぎて涙が出そうなくらい感激した私の心に
   ある閃きが舞い降りました。
   「そっか、きっと読む方も忘れてるからいいか!」
   (コラコラ)


   もちろんそれは冗談として、
   お彼岸メルマガと割り切って(え?割り切ってない?)
   気長に待ってくださり、
   温かく応援してくださる皆様には、
   本当に感謝感謝です。
   もう日本中、どこにも足を向けて寝られないんで、
   ほんと、どうしようかと思ってます。
   (これだけは何回でも書かせていただきますからね!)


   来年からは仕事がもっと忙しくなりそうなのですが、
   皆様方のご厚意のおかげで
   綿埃には負けても、発行だけは負けずに続けられそうです。
   本当にありがとうございます。
   
   

  ◇地下鉄の駅で、とてもお洒落な
   高齢の女性を見かけました。
   お年は7,80代と思われますが、
   黒の上質そうなマントとスカート、
   頭にはグレーのエレガントな帽子という出で立ちを
   さらりと着こなしている。


   さすがに歩く姿には多少お年は感じるものの 
   私はとっくにご無沙汰してるハイヒールを履いて
   さらにこれまた上品なデザインのキャリーバッグを
   颯爽と引いていくお姿は感服もの。


   すごいなあと感心しながらも、
   若い女性、私、そのマダムおばあ様が
   ホームへの階段にさしかかり、
   若い女性、私の順で降りていきましたが、
   マダムおばあ様はキャリーバッグがあるせいか、
   端の方へ回って、ゆっくり降りてくる様子で、
   私たちが半分くらい降りてもまだ上の方にいました。


   手伝ってあげた方がいいかな、
   でもしゃんとしてる方みたいだから、
   かえって失礼かななんて考えながら降りていた時、
   始発駅だったもので、
   止まってた電車の発車ベルとアナウンスが鳴り響きました。
   半分以上降りていた若い女性と私は
   反射的にそのまま駆け下り、走り込み。
   「あー、私たちがぎりぎりだったから、
    あのマダムおばあ様は間に合わなかったなあ。」


   それでも無事に降りてきたかどうかだけは確認できるかなと思って
   ホームを見ようと振り返った瞬間!


   いるじゃないですか。
   私の後ろに、何事もなかったかのようにあのお方が。
   息一つ切らすどころか、
   「ちょうど乗れて良かったわ」
   と言わんばかりの余裕の笑みさえ浮かべて。


   「えっ、もしかしてマダムおばあ様、ワープした?」 
   って一瞬本気で考えてしまいましたわ。
 

   そして次に湧いてきた思い。
   私たちよりずっと上にいた、
   キャリーバッグとハイヒールのこの方が、
   階段でどんな走りを見せて間に合ったのか、
   そのお姿が見たかった〜。
 
 
   そういえば、発車ベルが鳴って
   駆け下りてる時、
   私の前を駆け下りてる若い女性が
   しきりに振り返って
   上を見ていたんです。


   この人もあのマダムおばあ様のこと
   気にかけてるのかな、
   でもこっちのおばさんは、こういう状況になったら
   振り返る余裕なんてもうないから〜
   って思ってたんですけど、
   もしかして、その雄姿に
   目を奪われていたんだろうか?
   まさかキャリーバッグ抱えて二段飛ばしなんてことは
   してないよね。


   やはり布団を仕立て上げた経験がありそうな世代の
   スーパーウーマンはすごい!
   

   でも これで一つはっきりしました。
   もし私が手伝ってたら、
   かえって足手まといになって、
   その電車には乗れなくなってたな、
   ということです。
 

       
                         (ひとみ)



 
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