「いいとき生まれた!昭和30年代」

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 第100号 昭和34年の100にちなむ話 メートル法と当時の硬貨



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        いいとき生まれた!昭和30年代  第100号     


                    2008. 10. 16     


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  『ふと気がつくといよいよ100号ですね。
   おめでとうございます!』
  
  なんてメールを大阪のかっちゃんからいただいて、
  私も気がついたのですが、
  ほんとに100号まで来てました。
  

  こんなに続けられるなんて、
  思ってもいませんでした。
  これも、ひとえにおつきあいくださる皆様と、
  2度も紹介していただいたまぐまぐさんのおかげです。
  ありがとうございます。
  

  せっかくなので、今回は100に関する昭和30年代のお話、
  ということにしましょう。
  厳密には、
  強制的、一方的独断で、
  私の生まれた昭和34年にちなんだ100ですが。
  

  まずは100cm。
  100cmといえば1メートルですが、
  このメートル法が完全実施されたのが、
  なんと昭和34年1月1日だったんですねえ。
  急に年とった気になってしまった方のために、
  つけたしますが、
  それまでもメートルは使われていましたので、
  ご安心ください。
  
  
  ただ、本格的に実施されたのが、
  この日からということです。
  それでもこの時点では、
  まだ土地と建物は除外され、
  尺貫法単位に完全にとどめが刺されたのは、
  昭和41年というのですから、
  けっこう後まで使われていたのですね。
  
  
  とはいえ、昭和34年から土地建物以外は、
  すべてメートル法になるということで、
  計測器メーカーはもとより関連業界はてんやわんや。
  一般社会でも、
  大工さんや和裁をする人など、
  尺貫法で寸法を測る人が、
  曲尺や鯨尺などが販売されなくなるとあって、
  買占めに走るなんてこともあったようです。
  
  
  そういえば、
  母が、裁縫用の竹のものさしを何本かもっています。
  私がランドセルにさして通った30センチの竹のものさしより、
  長いものばかりで、
  時々意味もなくいじくってると、
  すぐ母がやってきて、
  「これはもう売ってないんだから」
  と一本だけ持っていってしまうものさしがありました。
  目盛りも意味不明なものさしが、
  なぜ、そんなに大切なのか不思議に思ってましたが、
  それが和裁用の鯨尺だったのですね。
  

  今でも、ちょっと計るのに、
  ものさしを探していじくってると、
  やはりこれを抜いて、持っていってしまうことがあります。
  私は、このものさしは、
  使えったって使えませんから大丈夫です。
  それより、中年になっても、
  取り上げられてることのほうが問題です。
  

  私は尺貫法表記はまるでわかりませんので、
  母が何尺だからこれくらいだ、
  なんて言うのを聞くと、
  すごいなあ、なんて感心してしまいます。
  
  
  やはり使わないものは、
  感覚として、つかむことはできないようで、
  何度教えられてもわからないし、
  何度覚えても忘れます。
  日本人として、損してるような気がします。
  あ、でも唯一、
  10合が1升で約1.8リットルってところだけは、
  なぜかわかるんですけど。


  後には、違反すると罰金もとったそうです。
  「廃止」ではなく「禁止」となった尺貫法表記。
  そこまで、日本の文化を迫害することもなかろうに。
  
  
  もう一つの100は、100円。
  昭和34年は、
  新しい硬貨の発行があった年で、
  それまでの鳳凰の100円に代わり、
  稲穂の100円が発行されました。
  

  当時の子供には100円は大金です。
  私なんて、1日10円のお小遣いでしたから、
  10日分のお小遣いです。
  
  
  もう少し下の世代になると、
  駄菓子屋には100円持って通ったようですが、
  昭和30年代世代は一桁違う10円単位のところが相場で、
  3桁単位で持ってくる子なんて
  そうはいません。
  むしろ、そんなお金を子供に持たせたら、
  親の良識が疑われたかもしれません。
  
  
  では、当時の大人たちにとっての100円の価値は?
  というと、
  タクシーの初乗り運賃(30年代の最後のほうですが)
  やカレーライス、
  はがき20枚、封書10通分などです。
  大体、今の700円〜1000円程度でしょうか。
  やはり、子供の1日分の小遣いでは多すぎる額ですね。
  大卒の初任給が1万円代を推移していた時代です。
   

  この34年から発行された稲穂も、
  昭和32年に発行されている鳳凰の100円も
  覚えています。
  が、当時はもう1種類、100円がありました。
  お札の100円です。
  私は、硬貨はどちらも記憶がありますが、
  お札は見たような見なかったような、
  あやふやな記憶しかありません。
 
 
  でも、恐るべしというか、
  さすがというか、
  昭和30年代を甘く見てはいけません。
  100円札どころか、1円札、5円札、10円札、50円札も
  まだあったのです。
  5円札と10円札は、昭和30年まで、
  1円札と50円札は、昭和33年まで出していたと、
  日銀のHPにあります。
  母も記憶がないと言ってますので、
  主流は硬貨だったのだと思いますが。
  しかし今は、500円札さえ消えてしまいましたから、
  時の流れを感じますね。
  
  
  ついでに、他の硬貨も言えば、
  1円玉以外は、
  今とは違うものばかりです。


  昭和34年に発行された5円玉は、現在まで続くもの。
  でも、その前の昭和24年から発行された古い5円玉も、
  ありましたね。
  私は、字体で見分けてますが、
  現在は、古いものはほとんど見かけません。
  また、昭和24年型の5円玉はよく見ましたが、
  昭和23年発行の穴のあいていない5円玉というのは、
  見たことありませんから、
  こちらはほとんど出回らなくなっていたのでしょうね。
  
  
  一番馴染みのあった10円玉は、
  昭和34年発行のものはぎざぎざがないもの。
  でも、それ以前のぎざぎざがあるものも、
  まだたくさんありました。
  2、30年くらいまでは、
  古い5円玉も、ぎざあり十円玉も、
  多くはないけど、珍しく感じるものでもなかった気がしますが、
  さすがに最近はあまり遭遇しなくなったかな。
  
  
  50円玉も違いましたね。
  昭和34年発行の50円玉は、
  今とはデザインも違ってましたけど、
  一番の違いは大きさです。
  私は、今の50円玉が昭和42年からのものということは、
  唯一良く覚えているのですが、
  これは、小さくなったショックからです。
  その前の昭和30年発行の、
  穴の開いていない50円玉も記憶にありますから、
  これも、まだ少しは流通していたと思われます。
  
  
  これらのお金は、
  今でも使えるようです。
  ということは、1円札で出してもかまわないわけですね。
  まあ、今1円札を持っていて、
  1円を払うために使う人は、まずいないでしょうし、
  受け入れる側も、混乱しそうです。
  その前に、偽札の犯人か、
  頭がおかしい人かと思われる可能性もあるかも。
     

  でも、総じて、
  昔のお金のほうが立派だと思いませんか。
  特にお札は、昭和30年代以降、
  昭和の末頃まで発行されていたラインナップが
  ピークを極めていた気がします。
  
  
  外人にも、日本のお札は、
  評判いいと聞いたことがありますが、
  外国の紙幣を見ると、
  確かにおもちゃみたいだなあと思いません?
  
  
  でも、そのお札も、
  平成5年の新札発行では、
  ずいぶん、ちゃちになったなあという印象でした。
  平成16年にも、変わってますけど、
  ちゃちな感じは変わりなく、
  これじゃあ、日本経済も落ち目になるかも、
  なんて思ってたら、
  本当に危なくなってきてしまいました。
  
  
  こうなりゃ、日本経済を救う道はただ一つです。
  高度経済成長からバブルの頂点を極めた時代を学んで、
  お札に格調を取り戻そう!
  聖徳太子の復活じゃあ!
  これで、日本経済は甦ります!
  (もはや神頼み)
  

  当時の硬貨は、日銀のHP、以下のアドレスページの
  「現在発行されていないが有効な硬貨」でご覧になれます。
  「知らないなあ」と若ぶっていたあなたも、
  見たら思い出すかもしれません。 
  心して?ご覧ください。

  http://www.boj.or.jp/type/list/yuko/okane.htm




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    あれこれ後記
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  前回のおはつに関しての、
  大阪のかっちゃんからのメールをご紹介します
  
  
  
   『おはつ(お初!)・・・・久しぶりに聞くフレーズですね。
    大阪でも子供のころよく言ってましたよ。
  
    私の記憶では服や持ち物ではなかったですが、
    散髪をした翌日は「お初」
    と言って頭をさわってグシャグシャにしたりされたりしたものです。
    それとさらの靴(通学靴、上履き)を履いて行くと、触るんじゃなくて
    踏みつけてわざと汚したりしたものです。
  
    子供に聞いたら、息子も娘も「そんなん言えへんで」と言ってましたの
    で、今は言わないみたいですね。
  
    それって他人に関心を持たない時代になったからでしょうかね
    (マンションなんかで隣の住人が引越しして
     新しい住人が入ってきても知らなかった、
     なんて話をよく聞く時代ですから・・・・)
  
    「人が散髪して来たのなんかどうでもええわ」の世の中なんですね。
    おじさんとしては寂しい気がしますが・・・・
  
    来月40年ぶりの小学校の同窓会が有ります。
    そんな話題で盛り上がろかな。』


    
  土地によって、おはつも違うのですね。
  でも、靴をわざと汚したり、頭をぐしゃぐしゃにしたりってのは、
  東京でも男の子同士ではあったように思います。

  
  ところで、かっちゃんさんからのメールで気がつきましたが、
  おはつが消えたのは、
  新しいものが珍しくなくなったからだけではなく、
  人間関係の希薄さという要因も、
  確かにありますね。
  むしろ、こちらのほうが主要要因かも。

  
  今だったら、
  嫌味にとったりとられたり、
  なんてことにもなりかねません。
  なんだか寂しいですねー。
  
  
  続いてめのうさんからは、
  こんなメールも。
  

  
   『遅くなりましたが
    色々と大変でしたね
    お父様のご冥福をお祈りいたします
  
    しかし
    どこの父親もふざけた存在であるようで(もちろん良い意味でw)
    思わずメールをしてしまいました
  
    私の父親も他界しておりますが
    亡くなってすぐの頃はよく妹の夢に出てきて
    色々言っていたようです
  
    一番ウケたのが
    「お母さん(が)ねぇ 
     毎日おぶくさんをくれるんだけど(お供えのご飯ね) 
     お父さんパンの方がいいじゃんね」
  
    毎朝パン食だった父は
    毎日炊きたてのご飯を供えてもらっていたくせに
    気に入らなかったらしいですw
  
    妹からその話しを聞かされた母は
    何で私の夢に出てきて直接言わないのよっ!
    とプンスカ状態で
    暫くの間、わざとご飯を供えてました(爆)
  
    今は実家に行くと
    必ず食パンが仏壇に供えてありますw←買ってきたら取りあえず仏壇行き
  
    それにしても
    仏壇、早く直ってくるといいですね
    (火事にならなくて良かったです^^;)
  
    では また』
  
                     
  
  そうそう、前号でお話した仏壇、
  ご心配をおかけしましたが、
  百か日法要の前日の夕方という、
  ぎりぎりセーフで、
  なんとか間に合うように戻ってまいりました。
  仏具会社の担当者も眠れなかったと、
  ほっとしておりました。

  
  それでもやはり父の法事は、
  コントの世界に突っ込みそうになりましたので、
  (今回はもう長くなりましたので、
  その話はまたいずれ。)
  これでもし仏壇も戻ってきてなかったら、
  お坊さんに、どんな家だ?と思われたことは確実。
  いやー、助かった。  
  
                             (ひとみ)  



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